ニセ科学論者達の知らない社会的に正しいニセ科学批判

【追記】一流の物理学者が雑談中に発言した光速度の値といろんな教科書に書いてある値とが相違していたら、君はどっちの値を信用するの?

新聞社のインタビューの中で、光速度の数値を答えられず、記者から揶揄される
アルベルト・アインシュタイン - Wikipedia

ニセ科学批判派のご宣託(引用)

  • ○○は科学的事実であると社会的に誤解されている、ということを検証したデータなりが存在しているのですか?私の議論は印象レベルですが、貴方の議論がそうではないと言うのならば、その論拠をご提示ください。
  • 「○○は、ニセ科学である(科学的事実と一般の人達に誤解されている)」と主張をしているのは、ニセ科学批判派です。要するに、それらは(未だ)何ら実証されていない主張である、ということでよろしいですね。

「いっちょ有効なニセ科学批判批判論でも考えてみるか→すぐに挫折」から考えたこと - 誰がログ
「いっちょ有効なニセ科学批判批判論でも考えてみるか→すぐに挫折」から考えたこと - 誰がログ

結局のところ、向こうでいろいろ質問したり問題を提起した人の主張の中身は、全く空っぽらしいということがわかりました。
by apj (2007-12-21 00:10)
しかし、丁寧に指摘すれば、彼の云っていることがでたらめだってのは万人の目前にはっきり示せるんですね。ぼくにはとうていそこまでの根気はありませんでした。すごい。
by pooh (2007-12-21 22:07)
apjさんの議論の展開は本当にすごかったですね。なんというか、惚れ惚れしました。
by dlit (2007-12-22 11:23)
もう、読むひとが読めば「言説の場で言説の破壊を戦術として用いることの自家撞着的な無意味さ」と「その戦術を選ばざるを得ないような思考の水準」が分かるはずなので、そろそろ放置してもいいと思いますよ。例のIPのアクセス拒否でもいいかと思いますし。
by pooh (2007-12-22 21:34)
批判されること:Chromeplated Rat

apjさんの論理展開は、見事だと思いました。あれはなかなか真似出来ない…。詰め将棋みたいな鮮やかさですね。
投稿 TAKESAN | 2007年12月22日 (土) 12:44
平気で盤外に駒を置くような相手までも詰めきってしまうというのはすごいなあ、と思いました。
投稿 dlit | 2007年12月22日 (土) 17:32
内在: Interdisciplinary

【関連】ニセ科学批判に関する個人的な考察(草稿): Jack周遊記

【非科学 ≠ ニセ科学】「所謂、血液型性格判断」は科学と本当に誤解されているのか?ただの話のネタのようにも思うが…。

どうも。 2007/12/20 01:53
>ある程度確立した科学の内容を基準にして、「間違っている」というときは、その内容の否定そのものになります。
それは「科学的な内容」としては否定されるというだけに過ぎないでしょう。それならば、「ニセ科学批判」という言葉は何ですか?「非科学であるという指摘」と「ニセ科学であるという指摘」とは違うのでしょう。それだけなら「非科学であるという指摘」にしか成らならないのです。
「いっちょ有効なニセ科学批判批判論でも考えてみるか→すぐに挫折」から考えたこと - 誰がログ

apj 2007/12/20 02:18
>主流派と非主流派とをどう判断するのですか?
一番広まっている血液型性格診断が主流派。広まっていない血液型性格診断が(あれば)非主流派。
「いっちょ有効なニセ科学批判批判論でも考えてみるか→すぐに挫折」から考えたこと - 誰がログ

どうも。 2007/12/20 02:24
広まっているものとそうでないものをどう区別しているのですか?ニセ科学に関心があれば、ニセ科学的なものが多く目に止まるのは自然だと思いますけれど。
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どうも。 2007/12/21 01:11
> 明確な定義を提出しているにも関わらず、それに基づいた判断をしてはいけない
そのようなことは全く言っていません。例えば「血液型性格判断と括られるものの中でニセ科学の定義に当て嵌まるものの割合がどの程度なのか?」ということに関して、印象程度のレベルの話をしているのでしょうと言っているのです。印象程度だから悪いというのではありません。印象程度のことを、さも確定的であるかのように誤解させるとすれば、それが『ニセ科学』であるというんですよ。
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どうも。 2007/12/21 11:46
ニセ科学批判の具体的な議論の数々を見て、「まだ専門的なレベルに達していない」と言い切れる
まず、注意しますが。「非科学である」という判断が専門的なレベルで行うことができない、と言っている訳ではありません。「ニセ科学である」という判断を専門的なレベルで(今のところは)行うことはできないと言っているのです。なぜなら、「ニセ科学」研究なるものは(まだ)専門として確立していないからです。確立していないというのは、もちろん、私の印象です。「自然科学であると誤解されているか?どうか?」と言ったことは自然科学の問題ではなく、むしろ、社会科学的な問題ですね。自然科学の専門家(の何人か)が、盛んにその問題を取り上げているということから専門性が確立している、ということにはなりません。もちろん、自然科学者が社会科学者も兼ねることは可能ですけど。まさか、dlitさんは、「ニセ科学」研究なるものが既に専門として確立しているとお思いなのでしょうか?念のために申し添えておきますが、ここで問題にしている専門性は「科学か?非科学か?」の問題ではなくて、「科学と誤解されているか?どうか?」の問題についての専門性ですので。
「いっちょ有効なニセ科学批判批判論でも考えてみるか→すぐに挫折」から考えたこと - 誰がログ



【関連】ニセ科学批判に関する個人的な考察(草稿): Jack周遊記

ニセ科学批判批判の役割

ニセ科学」と「ニセ科学批判」の対立・争点は科学ではない、イデオロギーの対立であることを明らかにすること。その対立のニセ科学性を暴くこと。それが「ニセ科学批判」批判である。



関連エントリー
科学的なるものの概念 - on the ground
科学というオブラート: Jack周遊記
メタという観察形態 : 社会学玄論

ニセ科学批判批判―あるいは、正しいニセ科学批判のために―

医療は科学と関係が深い。しかし、医療は科学ではない。
医療は、苦痛の軽減や生命の維持といった医療独自の目的と意義を有している。その目的のために医療は科学を利用するのであって、科学を優先する余り目的の遂行を妨げるようなことは不適切である。医療がその目的のために科学を疎かにすることがあるとしても、それは当然のことである。手術の最中に科学的事実の追究に心を奪われて手元が疎かになってはいけない。医療は科学ではない。科学を使っていることと科学であることは別なのだ。もし医療が科学を装っているのなら、それはニセ科学である。
ニセ科学批判は科学ではない。そのことに何ら問題はない。しかし、ニセ科学批判が科学を装うとしたら、ニセ科学批判はニセ科学である。



関連エントリー科学的なるものの概念 - on the ground

被告=お茶の水女子大学の反省

被告(=ニセ科学論者)が内心(=学内的には)、反省を始めつつあるようです。

http://atom11.phys.ocha.ac.jp/bbs01/msg.php?mid=25210&form=list
http://www.i-foe.org/h19wa1493/bbs/tree.php?n=96
原告の○○氏が大学に電話をかけてきて、この掲示板投稿の[25196][25198][25197]を削除するように直談判しました。その結果、学長から××教授宛に電話があり、私のところまで連絡が来ました。一応、証拠保全のため、掲示板から一時的に見えなくしました。業務命令だということです。
裁判そのものについては、判決が出るまではここで書かないようにという連絡はきていました。
技術的な話題でもだめだということになるとすると、大学としては○○氏に口実を与えたくないのではないか、という印象を受けました。
悪徳商法マニアックスの会議室の方にも、上記の3つのメッセージを投稿して、圧力があったことを報告しておきました。